19  渦

 彼と一緒に飲む酒は。



 中忍選抜試験の関係者が集められた場でイルカと意見が衝突した。といえば聞こえはいいが公然と歯向かわれた。
 あれは本来推薦者の報告会であり、誰を推薦するかを検討する会ではない。意見を差し挟まれるなど言後同断。そのような事を許す謂れもない。少し間違えれば己の面目を潰されたと「下位の者への指導」を持ち出しも仕方が無いところだ。「里内での私闘は御法度」は名目に過ぎぬ事を、ナルト絡みで絶えず面倒事を抱えていたイルカが一番知っているだろうに。

‥‥相手が俺で良かったと思って欲しいところなんだけどネェ。

カカシは正直そう思った。
 ところが衆目の眼前で面目を潰されたと叱責しても不思議のないところを、同じ上忍師のアスマや紅が止めに入り、更にはガイや三代目までがイルカを庇い立てた。
「なんだオマエら一体!?」
腹立ち紛れに何故イルカを庇だてるのかとアスマに問い質せば、
「イルカになんかあったら、ウチのガキ共に文句言われちまう」ときた。
呆れた理由に開いた口が塞がらなかった。なんだそれは。まったく。
 三代目のお気に入り説は本当だなと変なところに納得したが、まさかアスマやガイまでが出張ってくるとは予想だにしなかった。
 中々面白そうな人間だとは思っていたが、こんなに後先考えずに行動するとは予想外。そのイルカでさえ中忍に昇格したのだから、下忍七班でも十分受かりそうだと悪態をついたのを覚えている。
 そして自分とはやはり相容れない人間なのだろうと漠然と思った。
 そんな彼に自分から声をかけたのは、魔がさしたとしか思えなかったが、酒に酔ってフラフラと蛇行するイルカを見かけたのが切っ掛けだ。
 すっきりと伸びた背筋しか見せなかった彼が、頼りなげに俯いたり天を仰ぎ見たりする姿がどうにも気になった。
 だが正直に言えばやはりあの三人の中忍選抜試験への推薦は間違っていなかったと自分が納得出来た所為だ。正しくはなくとも間違いではなかったと自分でも確信を持てた後だったから、彼に声をかける気にもなった。
 それにイルカと付き合っていた女性と任務で一緒になった所為もある。
 どちらにしろ深い意味合いは無く、気が向いたから程度でのものだったが、いざ彼と向き合うと、酒精に飲まれた彼の気持ちを少しでも浮き立たせたいと思っている自分がいた。
 それはイルカが泣いているように見えた所為だろうか。



 次に顔を会わせた時のイルカの反応といったら、笑ってくれと言わんばかり代物だった。カカシから逃げ出したい衝動を押さえているのが良く分る。
 カカシを見るなり「あっ!」と叫んだイルカはそのまま口を噤んだ。顔に「気不味いです」と書いてある。あの夜別れ際に見せた悄然とした様子は微塵もない。
「どーも。イルカ先生」
「‥‥‥こんにちは‥‥はたけ上忍」
そんなイルカが可笑しくて少々意地の悪い気分でイルカに近付くと、イルカは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「先日はご迷惑をおかけしました」
それでも律儀に詫びてくるところが彼らしいといえば彼らしい。
イルカをからかいたくてウズウズしたカカシは、「ホント‥‥そうでしたネェ」とぼやいてみせた。
「いやっ、あの時はちょっと酔ってて‥‥」イルカはわたわたと一人で言い訳をしだした。
それに笑いのツボを刺激されたカカシは我慢ならず噴き出してしまった。すると今度は、
「人が真面目に謝ってるのに! 何が可笑しいんですか!?」
とひとしきり憤慨し、
「あ、謝ってるんですよ俺!」と懲りずに言ってのけた。
 ここ最近ないくらいカカシが笑い続け、すっかりイルカの気分を害した頃、二人は単なる知り合いから少々昇格した仲になった。



 それからイルカは、友人というのもおこがましく仕事仲間というにはまた違うのだが、カカシのさほど広くない交友関係の一角を急速に占めるようになった。
 イルカは階級差にさほど縛られるタイプではないようだが、やはりある程度の線引きがある。それでも「はたけ上忍」という呼び方が「カカシ先生」に変わったのはつい最近。七班の部下以外にそう呼ばれるのに、どこかくすぐったさを感じてしまうが、イルカにこう呼ばれるのはむしろ嬉しいとさえ思ってしまう。
 下忍七班や里の様子、他愛もない醜聞に噂話。障りのない程度の任務での出来事が主題だ。年齢が近いのも気安く話せる一端。
 そろそろ露骨な腹の探り合いは無くなったが、お互いの言葉の裏を探るような事は時々ある。時折チラリと混じる相手の本音や真意を更に引き出そうと駆け引きを繰り広げる。それが楽しい。
 それはまるで踏み出したばかりで相手を知るのに懸命な子供同士の拙い恋愛のようで。
 ただの飲み友達では納まらない空気に、妙に心が浮き立ち、また次の約束を取り付けてしまう。
 だからカカシは思った。イルカとの付き合いは不思議だ。


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