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 目は口程にと言うけれど‥‥






 よく動く手だと思った。
 普段、他人の手などじっくり見ることも無い。
 好いた女の顔や身体でもあるましい、何を好き好んでと思う。
 でも一度気になりだすと度々その手を見ている自分がいた。
 初めて気にしたのは、彼が印を組んで見せた時だったろうか。





「イルカ先生、このあいだ面白いもの見たんですヨ」
 印の組み方がチョット面倒なんですけどネ、とカカシがその「面白いもの」と評する術の印を組み始めた。
 この生業の者なら当然、面白い術とくれば聞き捨ててはおけない。アカデミーで教鞭を執るようになってからは尚更だ。イルカは興味津々といった具合にカカシの手元を覗き込んだ。
 イルカよりも一段白い色をしたカカシの骨張った指が、ヒョイヒョイと器用に形を変え印を組み上げていく。
 お互い木の葉の標準装備を着用しているのでそう大差はないが、カカシは手甲を嵌めているので手も半ば覆われている。露出が少ないせいか、そこからのぞく指の白さが嫌に際立つ。
 指の腹に歪に盛り上がっている肉芽に今気付いた。

‥‥よく動く指だな。

 イルカの興味は、いつしか組まれる印よりもカカシの手それ自体に移っていた。
 普段カカシの醸し出している飄々とした空気とは裏腹に、大層勤勉に動き回る指は、戸惑うことなく複雑な動きを織り成していく。それ自体が独立した生き物のようなカカシの指の動きに、いつしかイルカは引き込まれていた。
 すると、己の指を見ているのに説明にも的外れなところで頷く、どこか上の空のイルカをカカシは見咎めた。
「ちょっとイルカ先生。人の話聞いてないデショ」
 そうカカシが聞き返した拍子に組んでいた印の形が解けた。独り歩きを始めそうな彼の指は、途端にカカシの持ち物にすんなりと収まった。指の持ち主によってイルカの呪縛は解かれたが、なんだか無理矢理夢から目覚めさせられたような気分だった。
「カカシ先生の指、よく動きますね」
「うん?」
「左手の薬指うまく動かなくて俺。こう‥‥ピクピクして。ガキん時すっごい苦労したんです」
今は大丈夫なんですけどと、イルカは薬指を折り曲げてみせる。
「やっぱり適性ってあるって思うんですけど、アカデミーでもどうしても指動かない生徒いるんですよ。俺達がどうこう言ってもこればっかりはっての。適性っていうか天分っていうか。結構こういうちょっとしたような事で躓いたりして」
些細な事ですけどとイルカは言い足した。
「ま、カカシ先生が“木の葉一の業師”って言われてる意味が分かった気がします」
色んな意味でねと意味深げにニヤリとしてみせると、
「どーいう意味ですか、ソレ」
とカカシは憮然とした表情になり、
「も〜。良く見て下さいヨ」と手をヒラヒラとさせた。


 それからふとした折に、カカシの手が気になった。
 報告書を差し出す時にきちんと添えられた指や。
 たまたま見た、クナイを手入れする流れるような手付き。
 考え事や間をとる時に顎に持って行く手や、照れ隠しに後頭部へ動いてしまう手が。
 カカシという人間の一端を知らしめる。


 目は口ほどにと言うが、この人の手は口ほどに物を言うと思った。


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