69 麺に願いを
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重しにしていた皿をどけると、ホワンと湯気が顔を撫でた。
スープをカップに注ぎ、箸で中身をグルグルとかき混ぜると、何とも美味そうな香りが辺りに漂った。 「いただきます」 ズズーとスープを啜る。 昨今のカップ麺は本当に侮れないとイルカは心から感心する。麺の食感は店鋪のそれに及ばなくとも、このスープの美味さといったら下手なラーメン屋よりも余程素晴らしい。残念といえば具材が貧弱なことだ。やはりあの肉厚なチャーシューが口の中でホロホロと溶けいくような食感は、カップ麺では再現不能なのか‥‥。 だがそれ以上の追究は無用と、イルカは眼前の麺を啜るのに専念した。 雑然とした部屋の中央に位置する卓の上には、空になった発泡スチロールの器が重ねられているのだが、その数は一人で食べたにしては明らかに多すぎる。 「ナルト‥‥」 行ってくるってばよ! と大きく手を振ったナルトが器の底に浮かんでは消える。 ‥‥頑張れナルト! 俺も頑張る! お前が修行から帰ってくるまで俺はもうラーメンは食わん! いや当分食べなくてもいい! イルカは心の中で力強くナルトを応援し、ついでに到底無理かと思われた数のカップ麺を完食しようとする己を褒め讃えた。 インスタントラーメンだけで膨らんだ腹を擦りながら、イルカはふうと息を吐きながら、煤けた天井を仰ぎ見た。 そもそもの発端はナルトの修行だった。 イルカの心配を余所に、サスケ奪還の任務の際に受けた怪我が瞬く間に癒えたナルトは修行の旅に出た。 旅支度を整え自来也と並んで旅立つ姿は既に一人前の忍。それどころか伝説の三忍である自来也自ら修行をつける程の忍へと成長していった。そんなナルトを、イルカは誇らしくも不安も抱えつつ見守ってきた。正直に言えば、そこに己の手から巣立っしまった寂しさも混じり込む。言い換えればイルカにはもう何も手助けしてやれる事がないという証だ。それでもナルトのために何かしてやりたい、と願ってしまう。そんなイルカが出した結論は、影からナルトのために何か行動を起こす事だった。 「ナルトのために‥‥」 暫し迷ったイルカは、はたと膝を叩いた。 「そうだ、願掛けだよ、願掛け」 ナルトのための行動が、その程度なのかとは言うなかれ。神頼みでも、所詮自分のための自己満足だとしても、何か出来る事が嬉しいのだ。 「お百度参り、とか」 神社でお百度を踏むのもいいかと思ったが、忍の身体能力を活用しようものなら、あっという間に終わってしまうだろう。それでは有り難みが薄い気がする。 「何とか断ちの方がいいかな」 酒、煙草、甘味やお茶、性欲ってのものありかとイルカ唸ったが、今一つナルトと馴染みが薄いような気がする。ここはナルトの好物で牛乳‥‥? 違うだろう。 と、そこで天啓のように閃くものがあった。 「ラーメンだ!」 そうだラーメンだとイルカは手を叩いた。 「一楽のラーメン」 何と言ってもナルトの好物だし、これまで肩を並べて食べた回数は数えきれない。そこで二人は共に笑い、絆を深めてきた。ナルトとの歴史は一楽で築かれたと言っても過言ではないのだ。 「それだけじゃ足りないよな」 ラーメンといえば一楽のラーメンと当たり前のようについて出るが、他にもラーメン屋は点在する。これらを無視する訳にもいくまい。 「ラーメン屋への出入り禁止だな」 だが今やラーメンはラーメン屋だけに存在するのではない。おやつに夜食に主食にと人々の腹を満たし、今や八百屋の軒先きにも鎮座しているカップ麺を無視する訳にもいくまい。これまでの人生、イルカもどれほどお世話になってきたことか。 「カップ麺も禁止か」 イルカの食生活に頻繁に登場するそれを禁止するのは正直辛いが、ここはぐっと我慢だし、なにせ神頼みなのだから、禁止範囲が広いほど御利益がありそうだ。ナルトが無事に里に帰ってくるにはこれぐらいしないと駄目な気がする。 「あ、そういえば」 ラーメン断ちを決断したイルカだったが、ある恐ろしい事実に思い当たり慌てて台所へ向かった。流しの扉を開けると、そこには乾物に混ざり様々なカップ麺が主人の訪れを待ち詫びていた。 「こんなにあったのか」 それは計算外だったとイルカは臍を嚼む。本来ならば「まだあった!」と喜ぶべきなのだが、ラーメン断ちを決意したのに家にゴロゴロと転がっていては、いつ禁を犯してしまうか分らない。ああ、木の葉スーパーの特売に目が暗んだ己が憎い‥‥と、嘆いている場合ではない。そして禍根は早めに断つのが一番。 「今晩はカップ麺大会だな」 明日からの麺断ちを心に、こうしてイルカの一人カップ麺大会がその夜決行された。 そして冒頭のイルカの姿となるのである。 |