61  揺れ

「どうしました? カカシ先生」
「呆れてるんですヨ」
改めてイルカに惚れている自分が分ったのだなどと到底言える訳も無く、カカシはそれを嫌味でごまかした。
「今更嫌味言わなくても‥‥」
カカシのあからさまな視線にイルカは居心地が悪いらしく、もぞもぞと尻を動かし始めた。例え言葉が意地悪くとも、視線の熱さがそれを裏切っているのを悟られたのだろうか。
「あんまり、こっち見ないで下さい」
「何で」
「なんていうか、その‥‥」
「照れちゃう、とか」
「何で俺が照れなきゃならないんですかっ!」
「大声出さなくても聞こえますヨ。近所迷惑」
うっ、イルカが言葉に詰まった。嫌がられるのを承知のカカシと、過剰に反応するイルカ。カカシの安い挑発に簡単に乗ってくるところさえも、こちらの想像以上に脈があるためかと勘ぐってしまう。
「照れたっていいじゃないですか。アンタを好きだって言ってる人間が目の前に居るんだから」
ここはひとつ押してみるかとあからさまな言葉を投げつれば、それにイルカは微かに顔を赤らめキツイ視線を返してきた。だがそれこそ照れ隠しに他ならず、カカシは表情に出しこそしなかったが、意地の悪い笑いがこみ上げそうになる。
「思い出してくれたみたいですネ」
カカシは胡座をかいたまま、尻を滑らせイルカににじり寄る。
「俺の気持ちは確認済みで、アンタがそれを分ってることを、俺はちゃんと知ってるわけだ」
胡座をかいたお互いの膝頭がくっつかんばかりまで距離を詰めた。背を丸めイルカの顔を下から覗き込む。イルカがびくりと小さく震えた。
「分かってて、俺を泊めてくれたんデショ」
「なっ‥‥!」
「だからさ」
イルカの口から否定の言葉が飛び出す前に、カカシは言い包めるように言葉を継いだ。
「だからこういうことしても、いいよネ」
それからのっそりとイルカに向かって身を乗り出し、そのままイルカの唇を塞いだ。
「う」
小さくイルカは呻いたが、半ば予期した拒絶は返ってこなかった。
 だが抵抗もしなければ、積極的に唇を寄せてくるわけでもない。ただそれでもそれが礼儀であるかのように目蓋が閉じられている。
 だがそれはカカシも同様で、本来ならばイルカを掻き抱いていてもいいはずの両腕は、所在なげにだらりと両脇に垂れ下がっていた。
 何度か唇を触れあわせた。
 それから欲が出てイルカから何らかの反応を引きずり出したくなったカカシは、ゆっくりと彼の唇の表面をなぞり、見た目通りの肉厚な唇を軽く喰んだ。されるがままだったイルカが「はっ」と小さく息を吐き、つい、と唇が離れる。
 ゆっくりとイルカの目蓋が持ち上がり、探るようにカカシを覗き来んできた。
 瞳の奥の互いの感情を探り当てる前に、もう一度カカシはイルカの唇を求めた。
 今度はイルカも自ら唇を寄せてきた。
 唇が徐々に熱を持ち、やがて表面をなぞっていただけでは物足りなくなったカカシは、そっと舌を差し入れ中を探り始めた。息を継ぎながら角度を変え、舌を抜き差しする。
 気が付けば、お互いがお互いの領域を犯そうと唇を寄せていた。
 舌を押し込み押し込まれ、飽かずにそれを繰り返す。生温い温度と徐々に増した唾液の力で、やがて密やかな音すらたつようになった。
 段々と深くなる口吻けに、当たり前のように身体が疼く。
 口吻けが快楽へのとば口と知っている身体は、すぐに更なる喜びへと流れようとする。唇と舌先に集中していた意識は、今や身体のあちらこちらに拡散していた。
 それでも両腕は己の身体の脇から離れなかった。
 先に相手に手を伸ばした方が負けとでもいうように、唇は相手を求めても、相手を捕まえるための手は伸ばされないまま。じれったくなるような、それでもこの勝負をまだ長引かせたいような、相反する気持ちを抱えながらの行為にカカシは没頭した。
 だが先に均衡を破ったのは、誰あろうイルカだった。
 イルカの唇が離れ、あ、と思う間もなくカカシは肩を押された。
 白々しいまでに眩しい蛍光灯の灯りに晒される。
 寝乱れた蒲団の上にカカシは倒され、動きを封じるようにイルカの両腕が伸ばされた。頭上の光を遮るように、のっそりとイルカが覆い被さり、影をつくる。
「‥‥カカシ、先生」
どこか夢を見るような茫洋とした声でイルカに名前を呼ばれた。息を整えながら細く眼を開ければ、イルカは浮かされたようにぼんやりとこちらを見下ろしている。
 イルカの長い髪が滑り彼の顔を覆っている。その常には見る事の無い角度に、またカカシの気持ちが逸った。
 そのまま距離を縮めてくるイルカをカカシは引き寄せ、腕の中に迎え入れた。
 鼻先が触れる。
 そして先程迄のお互いを探るような口吻けではなく、奪い合うようなそれが始った。
 甘い痺れの中にたゆたうのでなく、ざらりとした欲望をぶつける。直栽な行為の始まりにすぐに体温が上がった。
 カカシは、まっすぐで硬い感触のイルカの髪の中に指を絡め、逃さないようにと力を込めた。それに応えるかのようにイルカ舌の動きも慌ただしくなる。
 激しさを増すイルカからの口吻けに応えながら彼の上着の中に手を進入させようとしたが、それとてイルカに先を越された。カカシは脇腹を撫で上げられそのまま一気に借り物の服の裾を捲りあげられた。イルカの掌の体温の高さに驚いているうちに、はだけた胸元に愛撫の手を伸ばされ、イルカの唇はカカシの耳朶へと標的を移した。

‥‥ああ、イルカ先生ったら積極的‥‥じゃなくて。

早く自分が主導権を握りたいと思いつつも、体勢の所為かイルカの為すがままの自分。
 イルカの吐息を耳許で感じる度に背中がぞくりと震える。このままでいられないとカカシは上がる息を堪えてイルカの名を呼ぼうとしたが、
「カカシ先生」
イルカの掠れた熱い声に先を越された。


top   back   next  

© akiko.-2006