46  夜明け前

 冷える頭。腹の底に沈めた興奮。ざわめく尾骨。
 それをぎっしりと装備の詰まったベストで包む。
「じゃ、そろそろ行きますか」
 木の葉と外界を繋ぐ大門の前。孕む緊張とは裏腹に間延びした声が任務の始まりを告げた。




 野盗排除の任務に集合したフォーマンセル。
 隊長はカカシ。初顔合わせが二人。顔馴染みが一人。
 隊列を組んで任務地へと向かう四人は、木の葉領内の深い森を駆け抜けた。
 言動の端々に歳若さを滲ませる初顔合わの二人は、挨拶の折からカカシを意識し続けている。カカシの一挙手一投足をも見逃すまいと気を張っているのが嫌でも分った。
 良きにつけ悪しきにつけ視線に曝され注目され続けたカカシには馴染みの感覚だが、やはり些かの居心地の悪さを感じる。
 それでも子供の頃のように「こんなガキがもう中忍なのか」とあからさまな壁を作られるよりは余程歓迎すべき状況だ。歳をとったら随分と生き易くなった。鬱蒼と生い茂る木立の中、二人は幾分気負った視線をカカシの背中に張り付け、後を追ってくる。
 そして残る一人。
 カカシの指示に静かに頷き、些か緊張気味な二人を援護するように、フォーマンセルのしんがりを務めいている。
 その男、イルカは黙々とカカシ達の後方を走っている。
 常の快活さは形を潜め、代わりに普段感じさせない鋭利さが彼を覆っていた。
 カカシはイルカの存在を背中で感じながら走った。
 イルカとは休憩所ですったもんだの話合いをしてから顔を会わせる機会が無かった。
 だから五代目から渡された同行者の資料に思いがけずその名前を見つけた時は、この任務に感謝すらした。「任務中にイルカ先生の顔が見られる」と浮かれたのも記憶に新しい。
 任務で一緒。これだ! と思ったのだが。
「はたけ上忍」
 イルカの第一声にまず出鼻を挫かれた。
 その平坦な呼び声は、カカシの少々にやけ気味だった口元を反射的に引き締めさせるに十分だった。
 任務時だからとも他の二人の手前とも理由は浮かぶが、「カカシ先生」より数段他人行儀な呼称がどうにも面白く無い。
 売り言葉に買い言葉で、こちらもつい意地になり「うみの中忍」と応えてしまったが、益々溝が深くなっただけのような気がする。後悔先に立たずを地でいってしまった。こんなところを薄々事情を察しているらしいアスマにでも見られた暁には、笑い倒されること請け合いだ。まったく、好い事などひとつも無いのに、一体この男のどこを好いたのだか。

‥‥って、またこんなことばっかり考えて。

樹から樹へ移動を繰り返す己の足が、ともすると主人の意思を裏切り速度を速めてしまう。いくら現地まで距離があるとはいえ、これが命取りにならないと言えない。些末な事柄に足元を掬われる怖さを十二分に知っているはずの己を叱咤するがこの始末。莫迦のひとつ覚えのように、ついつい思考が流れる。

‥‥それでもイルカ先生のこと考えちゃうんだヨネ〜。

こんなに相手の事ばかりを考えるのは久し振りだ。十代の頃の方がもう少し冷めた恋愛感を持っていた気がするのだが。

‥‥でもこういうのって。これってもしかして‥‥コイ、とか。

 自分で自分を笑い飛ばそうと、半ば自虐的に「恋」などという単語を思い浮かべたカカシは、瞬時に顔に血が昇るのを感じ、頬を押さえた。笑い飛ばすどころではない。ミイラ取りがミイラになるとは、正にこれか。

‥‥ギャ〜!! どこの乙女だ。サクラか俺は! つーかイチャパラの読み過ぎかっ!?

 恋と愛とに溢れる己の愛読書。その熱情は一冊では納まりきらず着実に巻数を増やしているが、いくら長年の愛読者とはいえイチャパラもビックリなぐらい真面目な顔で、愛だ恋だはないだろう。

‥‥愛だ恋だのって‥‥まさか。

中々切り替わらない自分の気持ちを持て余しながら、
「この任務、もし失敗したらイルカ先生の所為だ」
腹立ち紛れにカカシはそう呟くしかなかった。


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