45  夜明け前

「これをフォーマンセルでネェ」
五代目火影に就任したばかりの綱手姫が、そうだと厳かに頷いた。




 カカシに差し出された任務依頼書。
 抜け忍崩れが野盗と化し、それが瞬く間に村まで築く大所帯に発展した。放置するには彼等のもたらす被害が大き過ぎ、これ以上酷くなる前に野盗達を捕獲して欲しい。それがその所領を治める、さる大名筋からの依頼。
 この任務依頼に上忍一人と中忍三人のフォーマンセルで対応かとカカシは眉を顰めた。
 任務の内容を考えると実際は同じ編成をもう一班欲しいところ。それを半分の人数でこなせと言って寄越すのは、里の深刻な人材不足と「写輪眼のカカシ」に依るところが大きい。
 五代目から託された任務依頼書を片手に「超過勤務手当が欲しい」とカカシは内心毒づいた。里も本当に人使いが荒い。いくら上忍の自分がいようと必要な人数というものはある。
ざっと依頼書に目を通したが、今回は荷が勝ち過ぎの気がしてならない。
「せめて上忍二人にして貰えませんかネェ」
駄目で元々と五代目にお願いしてみたが、
「お前一人で三人分くらい計算してんだよ。我慢おし」
あっさり却下されてしまった。
 その返答で萎れた青菜の様になったカカシに、五代目もさすがに気の毒になったのか。
「悪いな。お前に無理を言ってるのは分かってるんだ」
逆に謝られてしまったが、カカシもこれには少々部が悪い。
 本来上層部の決定に意見など差し挟める訳では無い。だがそれを許してしまう気風が木の葉にはある。少なくとも三代目は一方通行の下達だけで善しとする人ではなかった。そして五代目もその顰みに倣うようだ。そんな木の葉だからカカシも楽に息が出来るのだし、今日の繁栄にも繋がっているのだと思いたい。
 木の葉崩し後、里は表向きは落ち着きを取り戻してはいるが、内実は今だ政情不穏と言って過言では無い。これだけ大きな里になれば存在する派閥も多くその争いもまた苛烈。いくら木の葉創設者初代の直系といえども、やはり長きに渡る不在が尾を引き、五代目は木の葉において完全に足元を固めたとは言い難い。五代目を支持しない勢力にちらとでも付け入る隙を与えないよう、五代目の周辺は気の毒なほどに腐心している。
 だからどんな瑣末事でも負担をかけたくはないのだとカカシは改めて思った。
 それに子供の頃からこの女傑に口答えひとつ満足に出来なかった。四代目の後ろをヒョコヒョコとついて歩いた頃の自分を知る五代目に、頭が上がろうはずもない。端から勝ち目は無いのだ。
「ちゃんと任務遂行してきますヨ」
この人数で頑張りますと言外に告げれば、「そうか!」と朗らかに五代目は頷いた。
 本来ならばただ任務を下命すればいいだけの五代目が喜色を露にする様に、カカシは気持ちも新たに依頼書を懐にしまい込んだ。この人を守り立てたい気持ちに嘘は無い。
「同行者の選定は済ませてある」
五代目が資料をヒラヒラと振った。
「じゃ、ちゃっちゃっとやってきな」
さっさと行ってこいと言わんばかりの豪快な笑顔と仕種に、この人の力になりたいだなんて百年早いらしいと思わず苦笑したカカシだったが、資料に記された同行者の名前に心臓が跳ね上がった。
「‥‥‥!」
思わず顔を近づけ資料を凝視する。
「どうしたカカシ?」
無言で資料を睨みつけるカカシの様子に、何か問題でもあるのかと五代目が問い質してきた。
「いえ問題は何も‥‥‥この任務、喜んでお受けします」
 今までの飄々と力の抜けた様子が一転。
 口布で覆われているカカシの口元が、ニヤッと大きく笑みの形を象ったのを五代目は確かに見た。もし口布が無ければその歯がキラリと輝いたに違い無い。それは濃い笑顔と太い眉毛で有名な某上忍を彷佛とさせるに十分だった。
 どれ程難関なSランク任務にも冷静な態度を崩さないと評判のカカシ。その彼が見せた妙な気合いが、逆に五代目を不安に陥れたとは張本人は知る由も無かった。
「あ、おいカカシ?」
「このお礼に土産でも買ってきますヨ。五代目」
「はあ?」
癖になっている猫背をしゃきりと伸ばしたカカシは、執務室を出るべく五代目に背を向けた。その姿は颯爽と表現しても差支えが無く、普段のカカシとは余りに縁遠かった。
 親指を立て晴れやかなポーズまで決めそうなカカシの豹変振りに、五代目火影ともあろう者が、ポカンと口を開けた。
「任務に出てお礼に土産って‥‥、何だアイツは」
その理由が分らず、五代目は首を捻るしかなかった。


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