42 デラシネ
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「俺ネ、アンタのこと気になってる」
「はい‥‥」 イルカは自分の語尾が微かに震えるのを感じた。それに畳み掛けるようにカカシが言った。 「腹立つぐらいネ」 「腹立ってるんですか‥‥」 気になっている。腹が立つくらい。 「‥‥‥‥」 イルカには二つの言葉が両立しないように思えてならない。 ‥‥それにしても「腹が立つぐらい」気になるって一体どういう意味なんだか。どっちかっていうと嫌いってことか? 独り思案に暮れ始めたイルカを呆れたような顔で見ていたカカシは、それから声にならない呻き声を上げてズルズルとその場にしゃがみ込み、膝を抱えた。 「あっ、カカシ先生どうかしたんですか?」 慌ててイルカも一緒にしゃがみ、項垂れたカカシを覗き込んだ。 傍から見れば、大の男が二人蹲って肩を寄せあう薄ら寒い図だ。さらにカカシは膝を抱えて蹲る情けなさ。いい歳をしてこの格好は如何なものかと、カカシの姿に一歩退きかけたイルカだったが、自分もそれに付き合っていては情なさ具合は同等である。それよりも頭上に立ち篭める暗雲をどうにかしたい。 「そんなタチの悪い冗談言いませんヨ‥‥」 情なさ全開のカカシから弱々しい声が聞こえてきた。イルカも一緒に肩をすぼめる。 「そんなに変ですかネ。俺の言ったこと」 ガックリとカカシは項垂れた。 「変っていうか‥‥いや、変じゃないっていうか」 「何ですか?」 「あの‥‥ですから、カカシ先生は」言い淀むイルカに、 「何ですか? ハッキリ言って下さいヨ」 項垂れている割に高圧的なカカシに、イルカはおずおずと切り出した。 「だからカカシ先生は、その‥‥ソッチもいけるんですか?」 「ソッチ?」 「あー、その」 目を泳がせ言葉を濁したイルカに、何事かを了解したらしいカカシは、 「男も好きかってこと?」 あっさり言ってのけられた。それには何故か質問をしたイルカがダメージを受ける。 「だってそんなの聞いたこともないし‥‥」 カカシはやれやれといった感じでイルカを一瞥した。 「別に男が好きなんて思ったことないですヨ。‥‥試したこともないし」 「はあ」 「でもアンタのこと、イイって思うくらいなんだから、ソッチもいけるんだと思うんですよネ。きっと」 どう思います? 逆に聞き返されたイルカは返答に窮し、答える変わりに緑茶飲料を一口飲んだ。カテキン増量の所為か嫌に苦い。 「イルカ先生が冗談だって思いたいなら、まあいいですヨ。‥‥でも伊達や酔狂でこんなこと言いませんヨ」 「‥‥すみません」 茶化すでもなく淡々と告げるカカシに、イルカもつられて畏まった。それを見たカカシは少し表情を緩めた。 「俺、あんまり迷ったり悩んだりするのって嫌なんですヨ」 「え?」 「悩んでるうちに手後れになっちゃうデショ。どーしよーとか迷ってるとさ。不安なのって伝染するし。そんな隊長の下じゃ部下も迷惑だしネ」 「‥‥‥‥」 任務と私生活は別物だろうとイルカは思ったが口には出せなかった。 彼が中忍として幼い頃から活動していたとは聞いているが、骨の随までは忍なのだと、こんな時に思い知らされた。イルカは幾分複雑な気持ちでカカシを見遣ってしまう。 「で、俺としてはイルカ先生に好意を寄せるって方向で決着が着いたんだけど、どう?」 カカシの過去に思いを馳せていたイルカは途端に現実を突き付けられ返答に窮した。その戸惑いが思い切り顔に出てしまい、「あ」とか「う」とか意味不明の言葉が漏れ出てしまった。 「落ち着いて下さいヨ〜」 このままでは埒が明かないとでも思ったのか、カカシはとイルカの顔の前で手をヒラヒラとさせた。 「別にいきなりどうこうしようとは言ってませんヨ。アンタ困ってるみたいだし」 「はい‥‥」 いきなりでなくても将来的にでも困ります、とは言えない。かと言ってもカカシを無下にも出来ないのがイルカの心理の微妙なところだ。 イルカがこの状況にほとほと困り果てていると、「ところでさ」とカカシがまた話しを振ってきた。今度は何かとイルカが内心恐々としていると、 「付き合ってる人いるんでしたっけ?」 これまた微妙に返答に迷う質問をされてしまった。 「は、いえ‥‥付き合ってるというか」 「じゃ、付き合ってる人はいないと」 「う‥‥」返答に詰まるイルカ。 誰について言及しているのか分からないが、取りあえず該当しそうな人とは割り切った関係だ。だがそれをカカシに告げるのもどこか気恥ずかしいし、告げる必要があるのかも疑問である。それでイルカが言葉を濁していると 「じゃあ、俺はその人を気にしなくていいのネ」と念押しをされてしまった。 今まで付き合った女性にも、こんなに凄い言質の取り方をされたりしなかったと思う。そんな事を言われる筋合いも無いはずなのに、暗に手を切れと仄めかされた気までしてきたのは、彼の凄まじい目付きの所為だろうか。片目だけでこの迫力。眼力で人を殺せるならばイルカは簡単にあの世行きだろう。 ‥‥そう言えばナルトが、カカシ先生の写輪眼からは実は殺人光線が出るとかなんとか言ってたな。いやエロエロ光線だったかな? あえて現実逃避をしようと努力するイルカを、地獄の底から響くような寒々しいカカシの声が引き戻した。 「でさ、どうなの?」 質問のようで質問ではないカカシの問いに、迫力負けしたイルカは本能が命ずるままにコクコクと頷いた。まずは命が最優先だ。 「じゃあこれで、アンタ彼女はいないってことでいいよネ」 今度は大きく頷いたイルカに、カカシはどこか胡乱な目を向けた。 「聞きましたヨ。アンタの華やかな戦歴」 「は?」 |