33 行く方
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「おー色男、ご帰還ですか」
上忍待機室に着いたカカシを迎えたのは、アスマのニヤニヤした笑いと煙草の煙だった。 軽く手を挙げ、カカシはアスマの向いに座り背を壁に預けた。任務報告所ほどではないが、相当に年季の入った備え付けの長椅子がギシリと悲鳴を上げた。 嫌がるアスマから煙草を一本失敬し、側に置いてあった誰のとも知れぬオレンジ色の安っぽいライターで火を付ける。 「なんだヨ、色男って」 仕事の後の一服はうまいネェと煙を吐き出したカカシに、アスマはまだニヤニヤと笑っている。そのニヤけた顔が気に入らず煙を吹き掛けてやると、煙たいと文句が出た。自分が煙草吸いのくせに嫌がるとは何事か。 「ここんとこ、えらく入れ込んでるらしいじゃねーか」 「あ〜?」 「イイ娘でもいたか」 どうやら此処最近の、カカシの花街通いを言っているらしい。 「あ‥‥。ま〜ね〜」 曖昧な返事で濁そうとしたが、 「通い詰めるほどのが居るんだろ」とアスマに突っ込まれた。 下忍担当になってからこの方、上忍待機室では自然紅と三人一緒になる事が多い。その為此処では余りその手の露骨な話は出ない。だが今日は紅が居らずアスマは遠慮無しのようだ。変なところで律儀なのだが、それが女性全般に対してなのか紅限定なのかは今だわからない。 「そんなコト聞いてどうすんのヨ」 はぐらかそうとするカカシに 「情報は仕入れとかねーとな」 唇の端に煙草をぶら下げて、アスマは人の悪い笑みを浮かべた。 「ナニ? お前紅と付き合ってて、そんなの用無しなんじゃないの? 紅だけじゃ足りない?」 逆に鉾先を向けるとお約束のようにアスマが煙に咽せた。 「った、テメー何言ってやがる。紅とはそんなんじゃねぇ」 「え、そうなの?」 それは知らなかったなぁとカカシは後ろ手に腕を組んだ。焦って咽せるアスマという中々面白いものが見れたので一矢報いた気分になる。 「俺もまだ若いのヨ。人の恋路が気になるのアスマちゃん」 「こいつ‥‥」 歯を向いて威嚇してくるアスマに、カカシはダメ押しとばかりに、 「それとも俺のご贔屓、紹介して欲しいの?」 カカシのからかいに文句を言おうとしたアスマを、凛とした声が遮った。 「あら、そうなんだアスマ」 それに慌ててカカシとアスマが声のした方を向くと、そこには仁王立ちした紅の姿があった。見事に気配を断った紅に迂闊にも全く気がつかなかった。 「そうねアスマ。情報は大切よね、色々と」 冷気を感じさせる紅の物言いにカカシとアスマは首を竦めた。恐る恐る紅を見上げる二人を冷たく一瞥してから、紅は踵を返した。惜し気もなく晒された綺麗な足があっという間に見えなくなる。 突然登場し立ち去った紅を、アスマと無言で見送ってからカカシは、ほーっと息を吐いた。 「いつから聞いてたんだろネ〜、アスマ」 「さあな」 「怒ってたみたいだけど、ほっといていいの?」 「‥‥ああ」 「ホントに付き合ってないの?」 「‥‥‥」 紅の表情は読めずとも、言いたい事は丸分かり。この二人が上手くいった暁にはアスマが尻に敷かれる事請け合いだ。 「ああしてみると可愛い女だネ、紅も」 「‥‥そうだな」 しぶしぶといった態でアスマが返事をした。 「目出たく付き合う前に一緒に花街でも行く? 紅には黙っとくヨ」 カカシが煙草を揉み消しながら嫌らしく笑って見せると 「いい加減にしろっ」苦虫を百匹程噛み潰した顔のアスマにお叱りを受けてしまった。これでは付き合う前から尻に敷かれているのも同然だ。遠慮無しに笑うカカシに今度はアスマの反撃が始まった。 「お前こそ本命はどうした」 「本命?」 「イルカ、イルカって煩いだろーが」 は? と言ったカカシは瞬間固まった。意識せず半眼状態の目蓋がパチリと開く。 「本命って? イルカセンセイがっ!?」 「でかい声出すなよ。ホント煩せーな。よくイルカとつるんでたろうが」 何を今更と、今度はアスマがカカシの狼狽えぶりを突いた。 「なーに言ってんのヨ。イルカセンセイはオトコっ。お友達なの」 秘蔵ビデオ貸しあうようなネッ、と鼻息荒く牽制するカカシに 「なーにがオトモダチだ、気色悪イ。そのオトモダチの尻追っかけ回してるくせに」 と逆に鼻で笑われた。それにすかさずカカシが噛み付く。 「変なコト言ってのはアスマのほうデショ。イルカ先生はああ見えて巨乳ロリ顔好きなの。あと金髪!」 「誰もイルカの好みなんざ聞いてねーぞ‥‥。あーでも叔父貴の囲ってたお妾さんもそんなんだったな。最後なんか幾つ年違ってたんだか」 アスマの叔父貴とは三代目火影の事だ。 「イッ、イルカ先生、アンタそんなに三代目がいいのかっ! あんのジジイ!」 元気に吠えるカカシが面白いのか、はたまた余裕が出たのか。アスマは笑ってカカシにトドメを刺した。 「そーいやイルカの奴、叔父貴のお手付きって噂あったなよな」 「それはデマだっ!」 余りのカカシの剣幕に、アスマの笑いも引っ込んだ。 「‥‥何熱くなってんだお前。‥‥ホントにイルカの尻追っかけてんじゃねーのか」 「‥‥‥。な訳ないデショ」 無様に顔を赤らめたカカシが毒づいた。 といっても口布の所為で顔色が分らないので、あくまでアスマの想像だったのだが。 酔ったイルカを自宅で介抱した次の日。 隣で眠るイルカにあらぬ劣情を覚えたカカシは、その熱を持て余して花街を訪れた。 久方ぶり訪れた郭に既に昔馴染みはおらず、それならばと敵娼を見繕う。特段容貌に強くこだわりは無いがその夜は違った。 果たしてどんな面影を求めていたのか。美しく揺れる黒髪が目を惹く女に視線が止まり、その髪に搦めとられるように敵娼に選んだ。それがいけなかったのだろうか。 髪を褒めると柔らかく微笑む女が、どうした訳かイルカと重なって見える。 嫋々とした風情の女と、すっくと背筋を伸ばすイルカ。一体何処が似ているというのか。 酌をする時の伏した目元も、カカシの下で反らした喉元も何もかもが違うというのに、それでもカカシは、似ていると思った。 それに萎えるどころか興奮を新たにしている自分に気付いた時は、最中にも関わらず、「そういうんじゃ‥‥」と言い訳まで考える始末。 それ以来、今度こそは敵娼を変えよう変えようと思いつつ、その女を贔屓にしてしまっている。果たして何に搦めとられたれたのだろうか。 それを思い出し憮然としたカカシは、アスマからニ本目をくすねてまた吸い続けた。 |