29  行く方

 葬儀を終えた木の葉。
 失ったものは大きく、その喪失は埋め難いと思われた。
 それでも里は生き物のようにまた貪欲に動き始める。





 里のライフラインはすぐに立ち直り、商店や飲食店も大破しておらぬ限り既に通常の営業を再開している。表面上はまた不自由のない生活が戻ってきた。
 軍事国家としての体面を保てる程度の余力を残せたのが不幸中の幸いか。
 良くも悪くも木の葉は軍事国。他国にそして母体となる火の国に、弱体する現状を晒すのを善しとせず、里はあくまでも他里の進攻から素早く立ち直った体裁を整えた。それは忍五大国中随一の国よと言わせしめた矜持の為せる業か。
 だが内実の混乱は、強化され続ける里の警備と緩められる事のない緊張に、そして弔いを出す家の多さに如実に現れている。
 修復されずに放置された町並みや、主人を失い打ち捨てられたままの家屋に瞬間足が止まる。それでも抱えた痛みをどうにかやり過ごし、その傷口を塞ぐ作業に里は追われ続けた。



 カカシも里の一端を担う忍として連日任務に明け暮れた。
 木の葉の看板でもあるカカシとしては、里の現状を思えば休みが欲しいなどと贅沢は言えない。それでも息抜きをしたくなるのが人間というもの。
 大蛇丸がらみの漠然とした不穏を感じ続けるカカシにとって、こうしてイルカと楽しく盃を傾ける時間は殊の外楽しい。慰霊碑の前でイルカと偶然会った時は、三代目のお導きかと慰霊碑を拝んだ程だ。
 だが今日は如何せんイルカのペースが早い。
 カカシが諌めるのも聞かず躁状態のイルカは立続けに盃を干し、挙げ句酔っ払いが一人簡単に出来上がった。顔見知りの店主に「先生をちゃんと送ってやってよ」と送り出される始末。
「まだいけます〜」
 煩いイルカを促し飲み屋を出た頃には、すっかり夜も更けていた。
 夜のひんやりとした空気が身の内に滑り込む。少し遅くなったかと明日の任務の心配をしていると、イルカに揺さぶられた。
「ちょーっと聞いてんですかぁ? カカシセンセイ」
「聞いてますヨ。もーイルカ先生飲み過ぎ」
「そんなコトないですってー」
だらりと語尾の伸びたイルカが笑う。至極上機嫌だが、蛇行しながら歩くイルカを支えたり相づちを打ったりとカカシは忙しい。

‥‥そう弱い方でもないのにネ。どうしたんだろ。

「カカシ先生。ナルト強くなりましたねー」
「そうですネ」
カカシはハイハイと、何度目ともしれない相づちを打った。
酔ったイルカは延々と話し続ける。だが内容はナルト、ナルトとナルトづくし。同じ話を繰り返すのと声が大きいのは酔っ払いの特徴だが、どうにも喧しい。それに久し振りに会ったというのに他に話す事は無いのかとカカシは少々面白く無い。
「やーっぱり上司の指導の賜物ですねー。もーアンタ見直したっ!」
酔っ払いはバシバシと遠慮無くカカシの背中を叩いた。
「どーもアリガトウゴザイマス」
全くどこのオバサンだよ、というカカシの文句は残念な事にイルカの耳には届かなかった。
「つーか自来也様のお陰かぁ。そっちだ、そっち!」
うんうんと独り納得するイルカに、さすがのカカシも腹が立ってきた。
 それにしてもイルカのこの変わり様。否、元に戻っただけだが、一時抱えていたらしいナルトへの変な屈託はどうしたのだと嫌味のひとつも言ってやりたくなる。カカシの秘かな憤りも知らず、イルカは楽しげにナルト自慢を続けている。
 飲んでいた繁華街もとうに過ぎ、既に住宅街に入った。
 少し静かにしてくれと諌めると、
「もうナルトのことおおっぴらに話せるの、カカシ先生しかいないんです〜」
今度は泣きを入れられた。
「だって三代目、もういないし‥‥」
三代目を持ち出されるとカカシも弱い。
「この酔っぱらいが‥‥」
カカシは小さく嘆息した。


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