27 崩れる
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「自来也様の修行で、もうひとつの方も自分で使えるようになったんですヨ」 カカシの言葉を反芻する。 知らず知らずにイルカの頬が吊り上がった。 ナルトが成長していくのが嬉しい。 それを喜べる自分が、嬉しい。 ナルトとネジの本選を今でも克明に思い出せる。 立ち上る障気。鳴動する大気。暫時具現化されたチャクラの姿は‥‥‥‥九尾。 あれがナルトかと我が目を疑った。 十二年前の満月の夜。戦場と化した里で見た禍々しい妖狐のあのチャクラが、悪夢のようにイルカに襲い掛かってきた。 後にいう九尾の災厄。 非戦闘員扱いの里人や子供は避難を余儀無くされた。勿論それはアカデミー生だったイルカも例外ではない。だが押し寄せる不安に待避所でじっと待つ事に耐えられず、人の目を盗み、戦場と化した街中に足を踏み入れた。 九尾の放つ息苦しく重い障気に飲み込まれそうになりながら、両親の姿を求め街を彷徨う。 そこでイルカが見つけたのは、総当たりで次から次へと向かっていく忍達と、それを軽く蹴散らす一匹の妖獣の姿。眩しすぎる程に冴々と夜を照らす月の下、妖獣の金の色と人々のつくる影だけがいやに鮮明で、九尾の姿に目を奪われたイルカは立ち竦むしかなかった。 煩い虫でも払うかのような妖獣の脚の一振り尾の一振りで、忍達があっけなく薙ぎ払われていく。現実感に乏しいその光景は、それでも眼前で起きている紛れも無い事実だった。今まさに妖獣にぶつかり払い飛ばされたのが己の両親なのではないかと突然恐慌に陥った。 自分でも知らぬ間に、引き寄せられるように妖獣に近付いていたらしい。 気付けば誰かに引き擦られ、危ないと怒鳴られていた。この場から連れ出されると分かった時に、ようやっと父が母がと叫んだような気がする。 その後のことは記憶に無い。 いくら月日が経とうと、イルカの身体は九尾のチャクラを忘れていなかった。 ナルトから放出されたそれは、イルカの皮膚を灼いた。 瞬間とはいえ具現化されたチャクラは紛う事なき九尾のもの。 波の国で九尾のチャクラを無意識下で引き出したと聞いた時も驚きに震えたが、今度はその比ではなかった。 ナルトの内から覗いた九尾の姿にイルカは打ちのめされた。 ‥‥アレは本当にナルトか? 九尾ではないのか!? 呆然と立ち尽くしたイルカに、いつしか闘技場を包み込むような拍手が耳に飛び込んできた。 ネジを倒し勝ちどきをあげるナルト。それを拍手で迎える観客達。 良くやった、とナルトへの声援が聞こえる。 すごい、と感嘆する声がイルカの耳をぶつ。 耳を疑った。 ‥‥平然と拍手とは! あのチャクラが分からないのか!? あんなにはっきりと禍々しい姿を現したあのチャクラに気付かなかったはずがない。 それなのに今までナルトを蔑ろにし避け続けてきた木の葉の人間達が、ナルトに賛辞を送っている。 九尾が封印されているとナルトを忌避してきた人々が、その九尾のチャクラを使って勝利を勝ち取ったナルトを手の平を返したように讃えている。 イルカは唇を噛んだ。 ‥‥あれは、九尾のチャクラだ! ‥‥あれは。 あれは本当に自分が知るナルトなのだろうか。ナルトはイルカを置き去りにした挙げ句、見知らぬ存在に成り果ててしまったのではないのか。 「止めてくれ‥‥」 闘技場を揺るがす拍手と歓声。喜びに飛び跳ねるナルト。 延々と続くそれにイルカは耳を塞いだ。この歓声から逃げ出したかった。誰かにこの場所から助け出して欲しかった。あの満月の夜と同じように。 「誰か‥‥、三代目」 三代目の名を、まじないのように必死に呼ぶ。 はぐれた親を探すような必死さで、イルカは遠く貴賓席に座する三代目の姿を追い求めた。 九尾の惨劇後。 避難所として宛てがわれた火影屋敷の離れで、親や保護者を亡くした子供達の共同生活が始まった。そこに身を寄せたイルカは他の子供達と共にその不幸を慰めあった。里全体がその悲しみに沈んでいた。 だが緊急時の追い立てられるような日々が過ぎ、その生活にも慣れ始めた頃、次第に親戚やら何やらに避難仲間が引き取られはじめた。また一人立ち出来る才覚のある者は独立していった。初めは賑やかで人口密度の高かったその離れも徐々に閑散としていく。だがそのどちらも選べなかったイルカは、そのまま火影屋敷の離れに留まらざるを得なかった。 両親を失い己を支え続けてくれる手を無くした。それでもただそれを嘆いていられる程幼くはない。だが自分の力だけで立つことも叶わない無力な子供。それを嫌でも突き付けられた。だからせめてと人前では明るく振舞ったが、そうすればする程、その後虚無感に襲われた。 抱える喪失ばかりが深まり、慰霊碑の前に佇む時間ばかりが長くなった頃、ひとつの手が差し伸べられた。 イルカの子供なりの精一杯の虚勢を優しく諌め、その涙を受け止めてくれたのは三代目だった。 それから、イルカにとって三代目は特別な人になった。 この人の手を離さない。 そう心に決めたイルカは、その手を握りしめ続けた。例えイルカが幾つになっても、三代目はイルカの拠り所であり続けてくれた。 それなのに、三代目はイルカを置いて一人逝ってしまった。 あの人は自分の手を離してしまったのだとイルカは思った。 ナルトと三代目。 大切なものを失ってしまったと、そう思った。 |