24  崩れる

 あの人、気がつかなかったのかな。忘れてる。
 カカシが目覚めると既にイルカの姿は無く、ご迷惑をおかけしてとの走り書きが、本人の代わりにカカシの隣を埋めていた。
 窓辺にはイルカの結い紐が置かれたまま。
 はずしておいたのだが、イルカは気がつかなかったらしい。
 カカシはウッキー君の横に置かれたままのそれを、自分のベストのポケットにつっこんだ。





 繁栄の形はそれぞれ多様なのに、戦で崩壊する様は何故こうも同じなのか。
 半壊状態の建物や、突如出現する人為的な陥没。塀には武器が刺さったまま放置されている。あちらこちらに血の飛沫が痕が残し、人体の一部と思われるものが突如転がる。
 一日にしてその様相を変えた里を、カカシは足早にすり抜けた。
 昨夜のイルカの話によれば木の葉の死傷者は既に収容されたがようだが、敵も粗方片付けられたようだ。所々黒ずんだ燃えカスのような物が見えるのは、処理の為に簡単に火遁で燃やしてしまった跡だろう。
「火事になるでしょーが」
ブスブスと煙を吐く塊をカカシはサンダルの底で踏み消した。

‥‥死んでりゃ消し炭、生きてりゃ捕虜か。どっちも願い下げだネ〜。

炭化していたそれは、カシャリと呆気無くカカシの足の下で崩れた。
 動ける忍に招集がかかり、上層部からの下達が続く。
 里の早急な復興。砂隠れと音隠れとの今後。三代目を含む戦死者の葬儀。決する事は多岐に及び、次期火影については上層部一任というところで解散となった。
 すぐさま任務が割り振られた。


「あ〜、喪服出さないと」
「だな」
「クリーニングに出したままだったかしら」
カカシの独り言に律儀に応えがあった。アスマと紅だ。
「あれって、アイツらもいるんだっけ」
「ガキどもか?」
「当然よ」
カカシは自分の後頭部を掻き回した。
「下忍になったら勝手に貰えたっけ?」
「そうだったか?」
「そんな訳ないでしょアスマ。申請するの。標準服と手続きは一緒。カカシ、アンタのところ女の子は大丈夫だろうけど、後の二人はそんなの持ってないんじゃないの?」
 夕暮れ時、木の葉の領内に尚留まる他国の忍の捕縛に、カカシはアスマと紅と共に木の葉の森の中を走り回っていた。生死を問わずの追走劇を漸く終え、間もなく里の中心部だ。
「申請って言っても、アイツら入院中なんだよネ〜」
「お前が面倒見ればいいだろ」
「上司だし」
容赦が無い。
「でもさー服のサイズって言われても。子供用って言えば分かんのかネェ」
「歳でも言えば分かんだろーが」
「アンタ達ね」
紅の呆れた声が重なる。
「ほらカカシ、だったら保護者に聞きなさいよ」
「誰だそりゃ」とアスマ。
「イルカよ。朝招集かけられた時見たわ。イルカなら分かるんじゃないの?」
此処にもイルカをナルトの保護者扱いする人間が一人。そういえば紅はイルカと中々に親しいらしい。
「分かんの〜?」
「それでダメなら備品担当に聞きなさい」
紅に切って捨てられたカカシは「ハイハイ」と大人しく返事をした。
 先程関わっていた任務報告はアスマにまかせ、紅は喪服を引き取りにクリーニング店へ、カカシは取り敢えずイルカを探しに行く事にした。

‥‥やっぱりアカデミーかな〜。でも待避所のトラップ掛け直すって言ってたし。それとも火影屋敷とか?

 アカデミー、待避所、任務受付所。思い付く限りの場所をイルカを求めて捜しまわる。
 いつの間にか当初の目的よりもイルカを探し出す事自体が目的になっていたが、何故ここまで意地になって探しているのか最後には分からなくなってきた。とうとうイルカを探すのも面倒になり、さっさと自分で申請をした方が早いと思い直した頃、
「これで全部で‥‥トラップは‥‥」
イルカの通りのいい声が聞こえたような気がした。
 アカデミーの中をウロウロとしていたカカシが慌てて窓辺に駆け寄ると、イルカが同じく標準服を着た女性と歩いていた。

‥‥って、あれイルカ先生?

イルカのはずなのに別人のようなその姿。
 髪は結い上げられる事なくそのまま下ろされ、髪を押さえるようにして額宛を被っている。アンダー無しでそのままベストを着ているので、左腕の包帯が目に白い。カカシが昨日貼った顔の絆創膏はそのままだ。

‥‥う〜ん、やっぱりイルカ先生だけど。

 カカシはイルカに用事があったのも忘れてイルカを観察したが、イルカの方が目敏くカカシを見つけた。呼ばれたのに出ていかない訳にもいかず、のこのこカカシはイルカの前に進んで見知らぬ女性と会釈を交わした。
「イルカ先生にね、ちょっと用があって」
そう言うとイルカの連れの女性は
「私はこれで。手伝って貰って助かりました」
気をきかせて立ち去っていった。彼女の姿が見えなくなるまで二人で見送っていたが、その姿が消え去ると
「あの‥‥」
イルカは何か言い淀みながら頬を掻いている。
「昨日はその、ご迷惑を‥‥」
始まった謝罪に、何故かカカシもまでへどもどしてしまった。
「あ、こっちこそ無理矢理って感じで」
当人達は至って真面目だが、いい歳をした男二人が向かい合ってソワソワするという気味の悪い図が展開した。
「でも、ホントに昨日は有難うございました」
苦く笑うイルカは目元の腫れがまだ引いていない。
彼のこんな顔は見たくないのに。カカシはそう思い慌てて話を変えた。
「イルカ先生、どうしたんですか」
「え?」
カカシの目線で分かったのだろう、「ああ、これ」とイルカは言い、
「朝カカシ先生の所出た後、時間無くってすぐこっち来たんです。アンダーの替えぐらい置いてあると思ったら当てが外れて。でも方袖のままってのも変だし」
「それでその悩殺スタイル」
「またそんな事を。で、こっちも同様です」
紐何処にやっちゃたのかなと、イルカは自分の髪を引っ張った。邪魔臭いらしい。
 カカシは自分の胸ポケットにいれたイルカの結い紐の存在を思い出し、咄嗟にベストの上から紐があると思しき処を押さえた。だが何故か結い紐をイルカに返す為に指が動く事はなかった。
「カカシ先生、ところで用って?」
「あ。ああ、あの。明日の葬儀の喪服が」
やっと本来の目的を思い出した。
「はい?」
「ナルトとサスケなんですけど、アイツら喪服なんて持ってないんじゃないかと思って。でも子供のサイズなんて分からないからイルカ先生に聞いてこいって言われて探してたんです」
教えて下さいよ、とのカカシの弁に
「ナルトとサスケですか? サイズって言われても」
こんなもんでしょ、とイルカは自分の胸の前に手を水平にかざした。
「これくらいの背」
「こんなに小さい?」
「いや多分。まあナルトは小さいですよ。サスケはちょっと大きい、かな?」
カカシ先生の方が何時も一緒でしょうにとぼやかれた。
「ま、それはそれですけど」分が悪いカカシは開き直ってみせる。
 うーんと大人二人首を捻っても埒が明かないので、結局イルカに備品の受付窓口まで付き合ってもらった。ところが「今日の明日じゃ無理。直接店行って下さい」とすげなく追い返され、仕方無く説明された問屋まで出向く。当然イルカも付き合わせた。
 問屋の店先で再びイルカの「背はこれ位」という余りにいい加減な説明で店員を煩わせた後、漸く購入まで漕ぎ着けた。勿論払いはカカシ持ち。
「間違って持ってたら泣くぞ〜」とのまさしく泣き言に、
「例えサスケは持ってても、間違ってもナルトは持ってませんから安心して下さい」と慰められた。
 夜の警備役が回ってくるだの明日の葬儀の仕切りはだのと話している内に木の葉病院の前。
「また寝ていると思うんですけど見舞ってきません?」
カカシの誘いに明らかに逡巡を見せるイルカを強引に引っ張って行った。
 些細な事かもしれないが、ナルトに対して打てば響くような対応をみせるイルカの、常にない鈍さが昨日から気になる。
「ま、行きマショ〜」
 僅かに緊張をみせるイルカに気付かぬ振りをして、半ば強引に病室を訪れたがそこは蛻の殻。慌てて看護士の詰め所に向かうと、二人共とっくに目を覚まし退院したとの事だった。ベットの空きを確保したいがために呆気無く退院が認められたらしい。
「おい、サスケは‥‥」
そうは言っても後の祭り。仕方が無いので黙って引き下がった。些か拍子抜けの感は否めない。
「なんか振り回しちゃって済みません」
カカシは後頭部を掻きながらイルカに謝ったが、それにイルカは首を振った。
「いいですよ別に。上忍、の方からの支援要請ですから」
「うわ、イルカ先生勘弁して下さいヨ。上忍ってとこに力入ってました」
情けなく呻いてみせたカカシに、イルカは漸く笑った。
 それでもその笑顔が作り笑いのように感じたのは、カカシの穿ち過ぎだったろうか。


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