23  崩れる

泣く大人が腕の中に。



 泣き止まないイルカを、カカシは無理矢理自分の寝台に寝かしつけた。
 はじめは「帰る」と嫌がっていたイルカも、抵抗する事にすら疲れたのか、いつしか寝入っていた。自分の家に連れてきた時点で独りで帰すつもりはなかったので、寝入ってくれたのは好都合だ。
 女性にだって抵抗などされた事も無いのに、こんな処で暴れられるとは初めての経験。まあ意味合いは違うかと思いつつも、寝入るまで手子摺らせてくれたイルカに溜め息をついた。
 イルカは涙の後を残したまま、背中を丸めて眠っている。
 半端にほどけている髪の結い紐を解いてやり、ウッキー君と名付けた観葉植物を置いている棚にそれを乗せた。
 明日もある事だし無理にでも眠っておこうと灯りを落とす。どんな状況でも眠れる時に眠っておくのは習性のようなものだ。
 客用の蒲団などという気のきいた物は端から無い。大人しく身体を丸めて眠るイルカの横に自分の身体を滑り込ませる。
 くすん、とイルカが小さく鼻を鳴らした。
 睡魔に飲み込まれながら、カカシは目まぐるしかった今日一日を思い出した。







 やっと闘技場に辿り着き、ナルトが勝ち上がったと聞いて安心したのも束の間。そこは瞬く間に戦場と化した。
 サスケ絡みで不穏な動きを感知しつつも砂隠れと音隠れの動きを阻止する事も出来ず、結局は戦闘にもつれ込んでしまった。もっとマシな手をどうして打っておかなかったのかと悔やんでも後の祭り。
 余りに長い三代目と大蛇丸の闘いを横目に、向かってくる砂と音の動きを封じるのに自分は精一杯。時折感じる凄まじいチャクラの発動に、忍の頂点に手が届かんとする二人の闘いが嫌でも気になった。ジリジリとした焦りばかりが募り、張られた結界に近寄ることすら出来ない自分が歯がゆかった。
 ふたつ名で呼ばれ写輪眼使いと名を馳せようと、自分はあの高みに身を置く人間達の足元にも及ばない。それを嫌と言う程思い知らされた。
 大蛇丸に踏み躙られた己の矜持は、いくら修行を重ねたとて容易には立ち直らず、改めてその差を知らされるばかり。結局大蛇丸に擦りもせずこの闘いは幕を引いた。
 残されたのは、破壊され導を失った里と多くの亡骸。
 三代目の散り際の、あの澄んだ表情は一体どこからきていたのだろうか。

 砂隠れの忍とサスケを追わせたナルト達の事は、配していた忍犬から報告を受けた。想像以上のナルトの成長と想像外の展開に驚きはしたが、皆無事だったのでまずは良しとする。
 木の葉病院に収容された七班の三人が眠る姿を確認しサクラの家に連絡を入れた時、自然にイルカにも伝えようと思った。イルカをナルトの保護者扱いしている自分を既に不思議にも思わず、どう連絡をつけるかと思案していると、病院の階段の隅のエアポケットのような場所に蹲るイルカを見つけた。
 あちらこちらにある擦過傷と包帯を巻かれた左腕に、イルカも戦闘に参加していたのだと知る。
 丁度よかったと声をかけたが、忍刀を背負ったまま膝を抱え蹲るイルカの様子は尋常ではなかった。挙げ句カカシが勝手に傷の手当てをしてもイルカはされるがまま。
 極め付けはナルトの名を出した時だ。
 普段ならナルトの名に一もニも無く飛びつくイルカが、ナルトの無事を確かめようともせず、まるで逃げるように走り去った。
 その背中を見た途端、カカシはイルカを追いかけていた。
 病院から走り出たイルカをつい追ってしまったが、何処に行くのかと思えば彼が立ち止まったのは暗い川岸。逃げ込むのなら自宅か女の処が妥当だろうに。
 こんな時は人肌が恋しくなる。どんな付き合い方かは知らぬが女性の存在は薄々察していたが、そこには逃げ込まないようだ。
 きっとイルカが求めて止まないのは三代目の手だけなのだろうと、後になってから思い当たった。泣きじゃくるイルカは、ただ三代目を呼び続けるだけだったから。
 それならば今側に居るのが自分でもいいだろうと、そう思った。
 イルカを一人にしたくなかったのは、自分が独りで居たくなかったからかも知れない。同胞を亡くした痛みと折られた矜持。軋む気持ちを抱えていたのは自分も同じだったから。
「俺には、もうあの人しかいないのに」
 そう言い切ったイルカが寄る辺の無い幼子に見えた。
 三代目がイルカにとってどれ程重要な位置を占めているのかカカシには想像もつかないが、拭うことなく流される涙を見て、そう出来るイルカを羨ましいとさえ思った。
 だから彼を独りで放り出しておかなくて良かったと素直に思った。
 そんな感傷も、やがて闇の彼方に消えていく。


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