21 崩れる
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三次試験本選が始まった。
「イルカ先生! ババーッと勝ちゃうトコ見に来てってばよ!」 はしゃぐナルトにアカデミーで授業があると告げると、酷く肩を落としていた。その様子にイルカの胸は苦しくなる。 三次試験本選は受験者にとって晴舞台も同然。家族や親族が当然のように応援に駆け付ける。だがナルトの応援をする者など皆無に等しいだろう。ならばせめて自分くらいはナルトを応援してやりたい。 そう考えたイルカは己の影分身を授業の代役に立て、ナルトの応援にいそいそと出掛けた。だがその後自分のとった行動の愚かさを呪うはめになろうとは、この時は微塵も思いはしなかった。 闘技場で、イルカは眼前に広がる光景に立ち尽くした。 九尾のチャクラを操ってのネジへの反撃。 その暫時かたどられたチャクラの姿に、イルカは息を飲んだ。ビリビリと震える大気にあの夜の記憶が甦る。忘れもしない‥‥‥戦場と化した里で見た禍々しい妖狐の姿を。 それが今また闘技場の中にいる。 果して、あれがナルトなのか!? 金縛りあったように、イルカはその場から動けなかった。 呆然と自失するイルカを現実に引き戻したのは、突如発令された第一級の警報だった。 久しぶりに握る忍刀はイルカの手に重かった。 アカデミーの生徒達を待避所に批難させた後、砂隠れと音隠れの急襲を受けた街中に駆け付けた。何度振り回したか知れない忍刀の重さを支えきれなくなった頃、漸く混乱した闘いも終結に近づいた。 崩れた建物、破裂し水を吹き出す水道管、血溜まりの中放置された敵の忍。木の葉の額宛を着けた人間に取り縋る女。 イルカは、何度拭っても血糊の痕が消えない忍刀を、背負った鞘に収めた。歯こぼれが酷くてもう使い物にならない。 交戦後は木の葉の死傷者を病院へ搬送させるのが急務だが、泣き続ける女に、遺体を病院へ搬送しようと声をかける気力が尽きていた。腕の痛みで躯が熱く感じられる、顳かみがドクドクと震えた。一歩間違えれば自分が搬送される側だったイルカは、今更のように汗を拭った。 助けを呼ぶ声がと慌てて駆け寄った時に不意をつかれ、潜んでいた敵に左腕を切られた。既になまくら刀に成り下がった忍刀でどうにか応戦し、僅かにイルカに分があり辛くも生き長らえたのだ。 ‥‥‥この腕。どうにかしないと。 血に塗れた里を夕焼けが更に赤く染めあげ、イルカも同じ色に染まった。 夕陽の為か、それとも誰かの流した血の所為で赤いのか分らぬ道を、イルカは躯を引き摺るようにして病院に辿り着いた。 そこはまた違う意味で戦場といった呈だった。 顔見知りが何人も居合わせお互いの無事を確認し合いながらも、砂隠れや音隠れの情報を交換し、命を落とした者の名に瞑目する。 その中に、三代目の名があった。 「イルカ先生」 何度も自分を呼ぶ声にイルカはのろのろと顔をあげた。 「こんな処でどうしたの? 怪我酷いの? 動けますか?」 目の前に膝を着いて自分を覗き込むカカシがいた。イルカが顔をあげると、カカシは僅かに眉を上げ、声を落とした。 「カカシ、先生‥‥」 うん、とカカシが頷く。 「イルカ先生、怪我は?」 治療の為にアンダーが切り取られた左腕には包帯が、包帯が巻かれている。 「治療したのは腕だけみたいですネ」 「‥‥‥」 「他も手当てしますヨ」 ほら立ってと促されたイルカは、階段下の死角になっていた場所から連れ出され、廊下に設置された長椅子に座らせられた。どうこう言う気力も無いイルカは、それにおとなしく従った。 少し離れた場所からは今も怪我人のために走り回る慌ただしい音が聞こえてくる。 「応急キットだけで足りそうだネ」 カカシはイルカにお構い無く治療を始めた。こんなに怪我しちゃって、とぼやかれ手早く傷を消毒される。左腕以外は自分で出来ると治療を断わったのをイルカは思い出した。 やがて「ハイ、お終い」頬の傷に絆創膏を貼られて手当ては終了していた。 「見えるところは処置したけど、他は?」 「‥‥‥いえ。大丈夫です」 「そう」 「ありがとう、ございます」 イルカは重く感じられる身体をどうにか立ち上がらせた。 「俺はこれで」 「‥‥大丈夫ですか?」 「え? 何が」 「イルカ先生が」 「あ、ええ‥‥怪我もこの程度ですし」 「‥‥‥」 「じゃ‥‥」 失礼しますとこの場を立ち去ろうとしたがカカシに引き止められた。 「今ナルトとサスケがこの病院に収容されてます」 「えっ?」 ナルトという名に、イルカは我知らず過剰に反応した。 「選抜試験に出てた砂隠れの忍追い掛けてって、一戦交えたんですヨ」 「砂と」 「アチコチやられてますけど二人ともとにかく無事です。もっともナルトはチャクラ切れが原因ってとこですけど」 目を剥いたまま動けなくなったイルカはやっとの思いで頷いた。 「ナルト。寝てますけど見舞ってきますか?」 その言葉にイルカは、今度は激しく首を振り一歩後ずさった。 「いえ俺は、‥‥‥俺は」 動転したイルカはどんどん後ずさり、無防備に壁に背を打ち付けた。だが痛みも感じない。 「イルカ先生、どうしたんですか?」さすがにイルカも不審に思ったらしい。 「あ‥‥俺」 「?」 自分を覗き込むようにするカカシからイルカは身を捩った。 「あの、俺は、これで」 イルカはカカシの手を無理矢理振り解き、逃げる様にして病院を後にした。 |