12 嵐の前

 新しい嵐の予感。


 「合格者、なし、ですか?」
 下忍認定試験がはじまる。





 ナルトが巻き物を盗み出した一件。
 水晶玉で三代目がイルカ達の様子を覗いていなければ、果たして朝日を拝めたのか分からない程の傷をイルカは負った。
 医療忍術を使う医療班に後追いされていなかったら、イルカも目出たく「英雄」の仲間入りを果たしていただろう。手後れにならなかったのはまさに僥倖。傷の位置が後ほんの少しずれていればどうなっていかと医者に言われ、イルカは改めて肝を冷やした。風魔手裏剣が背中に刺さっても生き長らえたのは偏に奇蹟としか言い様がなく、その内「当っても死なず」と縁起物扱いされそうだ。
 ナルトに額宛をつけての「合格宣言」後、喜んだナルトに渾身の力で抱き着かれたイルカは「イテーよ‥‥」と言い残しそのまま気を失ったのを覚えている。
 医療班とナルトの捜索隊が着いたころには「センセー死なないでー!」と泣きじゃくるナルトと気絶して大量出血のイルカ、ナルトに殴られ顔の形が変型したままこちらも気絶するミズキと、「こりゃ死んでる」な状態だったらしい。
 入院中のイルカを見舞いに来てくれたアカデミーの生徒達は、包帯でぐるぐる巻きにされ点滴の管につながれたイルカを見て「‥‥ミイラ」と怖がりだす始末。
「忍の世界は厳しい」を身をもって教える結果となってしまった。
 いち早く見舞ってくれた三代目には「よくやってくれた」と労らわれた。
 今回の件を労われたと恐縮するイルカに思ったイルカに、三代目はそれもあるがと笑った。
「ナルトがここまでやってこれた事をじゃ。苦労をかけたの」
 その一言だけでどこか報われた気がしたイルカは、感極まって目頭を押さえたが、後になってこれが自分の甘いと評される所以かもしれないと頭を掻いた。
 ただし無事退院を果たしたのはイルカだけで、一緒に病院に収容されたはずのミズキの姿を見る事はなかった。
 彼の処遇について終にイルカは聞き及ぶ事は出来ず、それが痼りのように胸に残った。



 下忍認定試験に向けてのスリーマンセルは彼等の卒業試験前から、合格予想者を軸にある程度決定されていた。既に卒業済みで下忍認定試験に落ちた有卒業資格者も同じだ。
 ナルトのスリーマンセル仲間は、名門うちは一族出身で既に今期ナンバーワンルーキーの呼び声高いうちはサスケと、頭の回転の早いはるのサクラ。
 能力等の配分を考えるとナルトが卒業試験に合格できればこのチームでと既に決定していたが、担当上忍が誰に決まったのかを入院中のイルカはまだ知らなかった。だから「奢ります」と申し出て三代目を昼食に誘ったのだ。
 三代目のお気に入りの店で本日のメインである牛肉の包葉焼きを食べつつ、どう本題に入ろうかと思案していると、
「何を知りたいんじゃ」
惚けながらも三代目が上忍師の資料を懐から出した。分かっているならさっさと見せてくれればいいのにと思っていると、お見通しとばかりにお目当ての頁には、ご丁寧に付箋まで付いていた。人の悪い笑顔が恨めしい。急いで頁を開いたイルカだったが、はたと手が止まった。
「合格者無し、ですか?」
輸血したばかりのイルカの血の気が引いていく。ザッーと音まで聞こえた気がした。
「今まで、一度も?」
「ああ、カカシの試験はちと難しいんじゃよ」

‥‥難しい? 難しいにも限度があるだろう! コイツ受からせる気無いんじゃないのか!?

イルカが激しく心の中で悪態をついていると、それが露骨に顔に出たのか
「仕方なかろう、こやつしか任せられる奴がおらん。適任じゃて」
三代目が恍けた顔で頷いた。
「でも、これは」
「うずまきナルトとうちはサスケ。これらを任せられる者がそうそうおるか。特にうちはにとっては、こやつしかおらん」
良く見ろといわんばかりに上忍師の資料を顎で示された。
「はたけカカシ上忍‥‥」
 試験結果の来歴ばかりに気を取られれて上忍師の名前をすっとばして読んでいた。忍にあるまじき注意力散漫さ。
「って、はたけカカシ上忍って、あの!?」

‥‥あの写輪眼のカカシ!? ‥‥うわっ、大物。

忍の経歴は極秘資料。気軽に持ち出してくれる程度の資料なので詳しい経歴はほとんど載っていないが、それでもその名は不鮮明な顔写真と共に思い出せる。諜報部の頃頻繁に拝んでいたビンゴブックに写輪眼のカカシの二つ名とともに載っていたはずだ。
 イルカは改めて資料に目を通した。
 うちはサスケは写輪眼の血継限界保持者うちは一族。それも彼を除いて一族は絶えている。確かにはたけカカシ以上の適任者は考えられない。加えてナルトへの抑止力と成りうる程強大な能力の持ち主として選ばれたのだとイルカも合点する。
 三代目は「この話しはここまでじゃ」と言い、分かったかと言わんばかりに漬け物を口に入れた。ポリポリといい音をさせる三代目としばし見つめ合い、もとい三代目を睨み付けてイルカは意を決した。

‥‥‥いくらビンゴブック入りでも、こいつらを簡単に不合格にしたら、この上忍に文句つけてやる! 下忍に認定されなければお話にならん!

イルカは鼻息荒く決然と三代目に告げた。
「三代目」
「なんじゃ」
「肉追加していいですか?」
特選牛肉を追加しながら心の中でナルトに誓った。
‥‥‥血貯えて闘ってやる。俺が応援してるぞ、ナルト!
ここは三代目の奢りとイルカは勝手に決定した。








‥‥‥あー、遅い。

 終に迎えた下忍認定試験日。まだ下忍第七班の合否報告はあがってこない。
 三代目と卒業担当教師が雁首を揃えて、アカデミーの火影専用応接室で合否報告を待つ。
 半年に一度行われる下忍認定試験だが、生徒の将来とともに教師としての評価も問われるのだから、この報告を待つ時間は本当に落ち着かない。悲喜交々、当落に関わりなく上忍師と下忍受験者は此処に報告に来る。
 アカデミーを卒業しても、下忍不認定の者はまたアカデミーに戻される。当然額宛は没収。それでも再度アカデミーに戻り下忍を目指す者も多いが、忍以外で里に貢献する道、里の文官や医療忍術以外の科学医療班、忍の里に関連した職人へと進路を変えるものもいる。そしてそれ以外の道を選択する者も。
 厳しいながらも、アカデミーは忍の卵と卵の夢を守る砦だ。
 岐路に立つ彼等を横目に、イルカは今更ながら教師の仕事の重みに押し潰されそうになった。
 今現在下忍に合格したのは二班のみ。猿飛アスマ上忍と夕日紅上忍のニ班。ナルト達下忍第七班の報告は今だ来ない。先日の「ビンゴブック入り上忍に文句つけてやる!」の勢いもどこへやらイルカは既に悲観しはじめていた。

‥‥‥もう一度アカデミーで鍛え直すのもアイツの為かな。

どうしてもサスケやサクラの足をひっぱるナルトの構図が頭から離れないのだ。入り口を睨み付けながら、堪らず足をじたばたさせたら「静かにせんか」と三代目にコツンと煙管で頭を叩かれた。
「まったく過保護だの」
「いやそういう訳では‥‥」
叩かれた頭を摩りながら言い訳をしていた時、ガララッと入り口が開いた。
 火影専用応接室と銘を打ってはあるもののそこは所詮アカデミー。教室を改造した程度の安普請だ。その滑りの悪い引き戸を開け、のっそりと男が現れた。
 斜に巻いた額宛、口布。白い髪もビンゴブック通り。そして横にはサスケとサクラ。

‥‥‥こいつか! 来たなー!!

 イルカは既に臨戦体勢。なんだか力の入れ過ぎで傷が痛くなってきた。
 妙に気の入ったイルカなど勿論気にかける事なく、注目の人物がのそりと口を開いた。
「あー下忍七班うちはサスケ、はるのサクラ、うずまきナルト。以上三名下忍選抜認定試験、合格です」
モソモソとした声で告げられた報告は実に呆気無く終わった。
「‥‥‥えー!?」
半ば予期した悲しい結果に向けて体勢を整えていたイルカは、奇声を上げ、座っていた椅子を派手に倒して立ち上がった。慌ててサスケとサクラを交互に見る。
「はい、イルカ先生。合格しました」
「‥‥ああ‥‥そうだ」
見れば二人とも土まみれ。だが喜びがその顔に滲み出ている。サクラは勿論、子供らしからぬ冷静さを発揮するサスケの口元も微妙に吊り上がり、小鼻が膨らんでいる。イルカにも彼等の喜びがジワジワと伝染してきた。

‥‥‥ふふふふふ。ありがとう木の葉大明神様! お参りした甲斐があった! お前達なら受かるって俺は信じてたぞ!

 先程までアカデミーに戻って来たらなどと心配していたのを棚に上げ、イルカは心の中で木の葉大明神に向かって万歳三唱を始めた。だから三代目が「ナルトはどうした」と尋ねるまでナルトの不在を気にもしなかったのだが。そう言われてみればナルトはどこに?
「あ〜、丸太に括ったままかも」
カカシがボソッと呟く。横でサクラがあっと口に手をやった。
「でもいい加減縄抜けして、もう来るかと思いますがネ」
それにイルカはあっと叫び、つられてこちらを見たカカシにおずおずと声をかけた。
「あの‥‥‥はたけ上忍」
「?」
「ナルト、縄抜け出来ないんです。申し訳ありませんが教えてやって下さい」
イルカは何故か恥ずかしくなって下を向いた。
「不束な生徒ですが宜しくお願いします‥‥」
頭を下げるイルカに「はあ‥‥」と気のないカカシの声が聞こえた。




 無事丸太から救出されたナルトと、ラーメン一楽で合格祝いをした。
 ナルトは下忍認定試験の様子を思い出すままにしゃべり続ける。
「仲間を見捨てるやつはクズだってカカシ先生が! カッコイイってば!」
 目を輝かせ叫ぶように話し続けるナルトから、喜びと興奮が直に伝わる。それだけでいい先生にあたったとイルカは嬉しくなった。文句つけてやると息巻いていたのはこの際忘れておこう。
 ナルトの「仲間だって」とどこかこそばゆいような、得意気な顔が堪らない。
 いつの間にか、ナルトの願いは「つよくなりたい」から「里の皆に自分を認めさせ」て「火影になる」まで大きくなっていた。大言壮語と笑われようとも夢と共に成長していって欲しい。そう願わずにはいられない。
 鼻の頭に汗をかいてラーメンを食べる姿が少し大きく見えた。
「よかったな、いい先生で」
「おう!」
 ナルトはニカッと笑い、ズズーッはスープを飲み干した。
 イルカは胃袋と一緒に温かくなる気持ちに我慢できず、「餃子追加!」と声を張り上げた。


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