11  風向

 あれからやはり、イルカは周囲とぎくしゃくすることが何度もあった。
 イルカとは必要最低限以外交渉を持たなくなった教師もいた。だが相手の気持ちも十分過ぎる程分かるので、責める気にもなれない。胃が痛くなるのは仕方が無いとして。
 それでも以前より「ナルト」と名前を呼ぶ教師が多くなった気がするのは、決して気の所為ではないと思う。
 少しづつだが状況は変化していった。
 だが一番の変化をみせたのはナルト本人だった。徐々に訪れていた変化に加速がついた。
 どうしようもない憤りを感情のままに爆発させるだけがナルトの自己を表現するの方法ではなくなった。子供らしい伸びやかさを見せるようになった。‥‥と喜んだのも束の間。
 気が付けば、教室は脱走するわ、落ち着きがなくなったわと、そこかしこで悪戯三昧。今まで溜め込んでいたものを一気に噴出させるように、何も言わない何もしない子供だったナルトは、激しく自己主張をするようになった。これが本来のナルトの性格だったのか常にドタバタと騒がしい。ナルトの悪戯に手を焼く今、口を聞かない頑なだった時はそれはそれで可愛いらしかったと、イルカは情けなくも思ったりもした。
 勿論喜ばしい事ばかりではない。
 アカデミーはまだいい。アカデミーではナルトは庇護されるべき対象だ。だが一歩外に出れば、そこはナルトに酷な世界が待ち構えていた。
 ナルトが自分の世界の外周を徐々に広げていくにつれてナルトと周囲との接点も広がっていく。それに伴い反感や忌避、消えぬ恐怖が里人に呼び起こされる。
 ナルトを不快なものと看做す目。排除しようと動く手。拒絶の言葉。
 それらに傷つけられ、自分と自分を取り巻く状況にひどく煩悶しながらも、ナルトはそれしか無いとでもいうように外周を広げていった。
 ナルトが周囲と摩擦を繰り返しながらも世界を広げていくに従って、イルカの周囲も騒がしくなっていった。


「この狐憑きが!」
ある日、イルカはとんでもない台詞を叩きつけられた。狐はナルトで憑かれたのは俺かと変に納得しながらも、言葉を無くす。
 ナルト絡みの言い掛かりが増え、謂れのない中傷を受ける。初めてそれを受けた日の衝撃は今だに忘れられない。
 本人の預かり知らぬ内に、イルカはナルトに構ってまで三代目に媚びを売る、世渡り上手な教師として名を売っているらしい。
 禁忌の掟と三代目の使う式に守られた、否、見張られたナルトでは露骨な標的に出来ないと、憂さ晴らしと見せしめの一石二鳥を狙い「ナルト側」と位置付けたイルカを狙ってくる。イルカに出来る事といえば、精々がナルトを見守りつつ直接的な害意を排除する事だけ。
 だがそれで根底からナルトと他者との関係を変えられる訳ではない。
 払っても払っても降り掛かる火の粉のように悪意が注がれ、何度も臍をかんだ。ナルトの側に立ち続ける苦労を今更のように身を持って実感し、自分の見通しの甘さを何度も呪う。
 だが既にイルカは後戻りできない道へと歩き出していた。
 風当たりの強い中、それでも前を向いて走りはじめたナルトの、風避けかつっかえ棒くらいにはなれるとイルカは腹を決めた。
「そのうち俺も里限定でビンゴブックに載るね。有名人も楽じゃねーよ」
そう嘯くことがイルカの精一杯の防衛手段だった。


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