07  風向

 風が強い。
 九尾の災厄により失われた者達への慰霊祭が今年もまたやってきた。



 イルカは久し振りに慰霊祭に出席した。
 それは専ら里外での任務の為のだったが、慰霊祭の日に里に居るのが嫌で敢えて任務を入れていたのも理由の一因だ。だがアカデミーに着任した今年はそうもいかず、否応無しに式典の準備に追われた。
 式典は慌ただしいままに過ぎたが、今回も居心地の悪さは否めなかった。そして今年はナルトを知っているから尚一層のこと。

‥‥明後日からの授業、まともにナルトの顔見れるのかな。

 気が滅入ったイルカは慰労と称した酒の席に誘われるのを断り、独りで飲み屋を訪れた。だが追悼の為か店は賑やかではないのに大繁盛で、それがイルカにはどこかいたたまれず、結局酔えぬままに店を出た。
 まっすぐ家に帰る気にもなれず、火影屋敷に向かってぶらぶらと歩を進める。
 火影屋敷の周辺には、それは見事な竹林が広がっている。
 季節に変化する事もなく青々とした姿を誇る広大な竹林。今は時折吹く風に笹の葉が擦られ一斉にシャラシャラと音を奏でている。風にたなびきながらもすっと背を伸ばし、天を目指す姿が清々しい。背を丸め疲れた足を引き摺る自分が惨めに思える程、その姿は潔かった。
 火影屋敷には住居の他にも迎賓館や書庫、いくつかの離れがある。
 イルカはアカデミーの生徒だったころ、授業を終えてからこの辺りを駆け巡って遊んでいたのを思い出した。
 九尾の災厄後、イルカは下忍に昇格するまで身寄りを亡くした子供達と火影屋敷の離れで共同生活をしていた。恐れ多くも三代目に悪戯を仕掛けて追い掛け回されたりと思い出も多い。あの頃はあの頃で結構楽しかったのだと、下手な感傷に振り回され過ぎだと分っていても、己の世界が今よりも単純な要素で構成されていたあの頃がやたらと懐かしくなった。
 だが感傷に浸り続けて屋敷の周りをうろつく訳にもいかず、だらだらと続く垣根の向こうに未練を覚えながらもそこを後にした。精一杯の声を張り上げる虫の音に背中を押されるようにして家路を辿る。
 やはり家へは遠回りすぎたかと少々うんざりし始めた頃、おかしな気配に気付いた。
 あれ程うるさく鳴いていた虫の声が途絶えている。

‥‥‥何だ?

剣呑な気配を放つ人影に、イルカは習慣のように気配を断った。
 そこには木の葉の忍装束に身を包む三人の男達と、蹲るもうひとつの気配。それに誘われるように近寄ったが、男達が囲む者の正体に気付き息を飲んだ。

‥‥‥なんでこんな所に?

どうした事か、そこにはナルトの姿。
「これがアレか?」
思わず声をあげそうになったイルカは、ナルトを囲む男が発した声に我に返った。
「なんだ‥‥どんな化けモノに育ってるのかと思ったら」
「まったくだ。久しぶりに里に帰ってみりゃ、こんなのが大手振って歩いてやがる」
酔った人間特有の緩くだらしない口調が続く。
 酔いが禁忌を破らせているのか、それとも今日この日がそんな気分にさせているのか。彼等の気は尋常ではない。既にかなりの酒が入っているのかイルカの気配には気付いていないようだ。イルカは油断無く三人の背後に回った。
 もう少し様子を見るかと思った時、一人が発した台詞に思わず動きが止まった。
「今なら簡単じゃないのか‥‥?」
何が、とは誰も言わなかった。だがヒヤリとするその声色に、イルカは凍った。
「ヒッ ー‥‥!」
ナルトに向けられる殺気がぐっと膨らみ、その殺気にあてられたナルトが声にならない悲鳴があげた。
 それがイルカの背中を押した。
「ちょっと、スミマセン」
突如姿を現したイルカに三人は驚いた。何だお前はと口々に詰め寄られる中、
「アカデミーの教師です」
努めて平静を装おいながら、イルカは蹲るナルトに近寄った。
「その子、俺の生徒なんです」
ナルトの体をざっと見回したが特に怪我をした様子も無い。良かったと素直に思った。
 だが安心したのも束の間、ナルトを促して立たせようとしたイルカはいきなり肩を掴まれ男達に向き直らせられた。酒臭い息がイルカにかかる。男達の剣呑な様子に、面倒な事になったとイルカは舌打ちしたくなった。
「何かご用ですか」
「用も何も。お前、コイツがなんだか分かってんだろ」
男は顎をしゃくった。
「ええ。うずまきナルト。アカデミーの生徒です」
「ならコイツが何したか分かってんだろ!」
いきり立つ男達にイルカは顔を顰めた。
「ナルトが何かしたんですか」
「こんなの日に何言ってる! コイツはっ‥‥!」
イルカは慌てて、続くであろう言葉を遮った。
「子供相手に何を言うんですか」
イルカと男達の間に言葉の応酬が続いた。だが落し所の見つからない話にお互いが更に苛立ち、罵り合いが過熱した。元より理解など望むべくもない。
「お前いい加減にしろ!」
男達から一斉に怒気が漏れ、それにまたナルトが悲鳴をあげた。その脅える震え様にイルカの中に最後まで残っていた戸惑いが消えた。
「もう止めろよ!」
イルカは咄嗟に後ろ手にナルトを庇った。
「ナルトにあたってどうするんだ!?」
気付けばイルカは負けじと声を張り上げていた。思い掛けないイルカの怒声に、男達は一瞬怯んだ。
「今なら!」
その隙をついてこの場を収めるべく、すかざすイルカは動いた。
「ここで引取って貰えれば、このことは三代目に報告しません!」
三代目の名に男達に動揺の色が走った。逆を返せばこれ以上揉めるならば報告をすると脅したのが通じたらしい。
「皆さん酔っておられただけでしょうし、ナルトも怪我はしてませんから。でも」
虎の衣を借る狐だとしても恥ずさなど欠片も無い。男達の怯みに更に付け込むように畳み掛ける。
「今後ナルトに手を出すことがあれば容赦はしません! どこにでも訴えます!」
イルカが正面から啖呵を切ると男達の酔った頭にも計算が働いたのか。これ以上の揉め事は得策ではないと踏んだのだろう。眼を逸らした方が負けと言わんばかりに睨み合いながらも、ここが引き時と双方に暗黙の了解がなされた。
 彼等も本気でナルトをどうこうする気ではなかったのだろう。だが酔っている相手で正直助かったと、ナルトの肩を抱いてそろそろと立ち上がらせた。三人を相手にしながら、ナルトを無傷で守る自信など全くなかったからだ。
「若造が‥‥」
男達の横をすり抜ける時に低く吐き捨てられた。その若造に気押されたのはどっちだと思いながら、きつく下唇を噛み締める。
「行くぞ、ナルト」
足の竦んだナルトを連れてイルカはこの場を後にした。


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