05  風向

 逸らしても、視線はあの子供を追ってしまう。



 間もなくアカデミーの入学式と始業式を兼ねた式典が始まる。
 穏やかな陽の光が溢れる校庭に子供特有の甲高い声がくまなく広がる。
 本日の主役である新入生達は、一様に期待と緊張と少々の怖れとをその瞳に宿して式に臨もうとしていた。
 付き添いの親を気にしたり、そわそわと落ち着かず側に居る者達とじゃれあったり。放っておけば勝手に何処かへ走り出してしまいそうな程に元気が過ぎる。彼等の無軌道に放つ熱気にイルカはあてられそうになった。
 イルカ達教師陣は式台の後ろに並び、新入生と保護者達の遠慮の無い視線に晒されていた。これはこれで中々に居心地が悪い。本日がイルカの教師としての初舞台であり、その意味では新入生と変わりない。イルカは軽い緊張を覚えた。
 そろそろ三代目の有り難い祝辞を拝聴する為に子供達を静かにさせなければならないらしく、先輩の教師達が子供達を並ばせている。あちらを大人しくさせればこちらが騒ぐといった具合で、子供相手の苦労を目の当たりにさせられた。
 だがその中で周囲の興奮とは様子を異にした子供が一人。
 ナルトだ。
 進級に失敗し落第したナルトは、新入生の一団の最後尾に並ばされていた。
 アカデミーの入学年齢ははっきりと決まっておらず入学の下限と上限の年齢制限のみ。だが余り前後しない程度で入学してくるので皆年齢はそう変らない。だがナルトは子供特有の浮つきとは無縁であるかのように、棒立ちのまま己の足元を見つめている。
 子供の保護者達が、自分の子供へ向けるのとは全く異なる視線をナルトへ向け、ヒソヒソと囁きあう。
 周囲からくっきりと浮き上がった子供。
 それをイルカはまんじりともせずに、見つめていた。
「うみの先生。どうした?」
一点を食い入るように見つめていたイルカに、横に並ぶ先輩格の教師が声を落として訊ねてきた。
「いえ」
何を気にしているのか悟られたかと、イルカは慌てて返事をしたが、
「ああ‥‥」イルカの視線の先を読んだ彼ぽそりと呟いた。
「うみの先生は副担任だったか」
誰の、とは言わずもがなだ。
「ええ。資料は貰っていますが、初めてなんです」
彼の姿を見たのは、という言葉をイルカは飲み込んだ。
「大変だな」
「まあ副担任ですから」
それほどでも、という意味を言外に滲ませた。するとイルカを横目で見遣った彼は一言
「顔色、悪いぞ」と耳打ちした。
そう言われてやっと、息苦しさを覚えている自分に気付いた。
「いえ、大丈夫です‥‥」
 三代目の祝辞が始ったが、この式典がさっさと終わって欲しいとイルカは強く願った。

 式典が終わると、イルカは逃げるように人気の無い手洗いに駆け込んだ。
「なんだよアレ‥‥」
他でも無い、あれがナルトなのだと知っただけでこの始末。
 手洗いの鏡に映る自分が喋った。語尾が震え、鏡の中の顔は自分のものとは思えない程色を失っている。
「驚いた」
どうした訳か少し目の前が歪み、洗面台に突いている手が粘着質な汗をかいていた。
「ただのガキじゃねーか」
明るい金髪。空色の瞳。躯の小さな子供だった。
 彼がひっそりと俯く様子は、ナルトと九尾を引っ括めていた自分に、齟齬を生じさせ、軽い混乱を来した。
 手洗いから動けないイルカを、アカデミーに響いた鐘の音が追い立てた。


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