04  風向

 小さな風が渦巻く。






 うずまきナルト。
 木の葉に住まう者にとって余りに特別な、その名。

 十二年前、木の葉の隠れ里を襲った一匹の妖狐。
 一夜にして里を壊滅に追い込み、立ち向かった幾多の忍の命を貪った。
 それは力を持ち過ぎた口寄せ獣とも、禁忌の業により召還された妖とも噂された。
 やがて大きな犠牲と引き替えに、その甚大にすて忌むべき力は人の子の腹に封印された。
 その封印の器とされたのがナルト。
 ナルトに対する里の反応は苛烈を極めた。


「封印の子供ごと妖狐を殺せ」
「子供を殺したらまた妖狐が復活するのではないのか」
封印の器の子供をどう扱うべきか。一向に出ない解答を巡って堂々回りの議論が続き、里の上層部の意見は割れた。上層部の意見の統一すら計れなかったのだ。ましてや噂に翻弄されるがままの多くの下位の忍や里人にとっては、ナルトの存在自体が不可解で恐怖だった。だから「九尾の妖狐の封印」が「器自体が九尾」と人々の意識の中で変換されるのに時間はかからなかった。
 憶測が憶測を呼び、恐怖を増幅させる。恐怖に駆られた手はナルトに伸びた。
 ナルトの保護にいくら三代目が動こうとも、それを密かにそして半ば公然と支持する者が多く、里の統制すら揺るがしかねない問題に発展していくのに時間はかからなかった。その後不自然に終息したこの問題の影で、どれ程の処分者が出たのか。明らかにはされなかったが、里に多大な影響力を与える俗に名門と呼ばれる家筋の者からも処分者が続出した事が、一層三代目の統治に混迷をもたらした。
 更には四代目亡き後、三代目の治世を望まず次期火影を擁立する動きも活発化し、里は混乱に次ぐ混乱の極みに陥った。
 それからわずか十二年余りで忍五大国の名に後れぬ程に復興を遂げた三代目の手腕には脱帽するしかない。それでも目に見えぬ軋みは、里のあちらこちらに歪みを残した。
 そしてその歪みの最たるものがナルト。
 その後ナルトは三代目の完璧な保護下に置かれた。アカデミーに入学するまで名前すら秘匿されて火影屋敷に暮らした。以前にナルトを狙った者達への厳重な処罰も抑止力となっているらしく、ナルトの生活は一見静かに続いている。
 だがナルトは木の葉にとって、その存在自体がいつ爆発するか分からぬ爆弾と同義だった。
 危うい均衡の上で毎日を送るナルト。
 九尾の妖狐の爪痕は、今尚癒えてはいなかった。


 不安と混乱、そして先の見えない焦燥感を抱いて生きていた少年時代に、暫し引き戻されていたイルカは、夢から覚めたように溜め息を吐いた。
 三代目から教員用の資料や巻き物と共に手渡されたナルトの資料を机に放り投げる。
 監視者としてのアカデミー配属ではないと言いながらも、しっかりナルトの資料を添えてくる上層部の意向に些か腹も立ったが、渡された物に目を通さない訳にもいかない。それは想像した量を遥かに越える教員用の資料と一緒にイルカの目の前で壁を作っていた。
 アカデミーへ配属されてもいきなり教師ができるわけもなく、イルカは教職の知識を詰め込むのに追われていた。アカデミーで教鞭を執るとなれば、それ相応の能力と訓練が必要。イルカの着任予定までわずか数カ月。本来ならば教員を目指す場合かなりの期間を訓練などに費やさなければならないのだが、着任の日程が先に決まってしまったイルカは、それまでに教師として必要最低限を習得する必要があった。
 理論、術式、忍文字、自国他国の歴史に言葉など、教員に必要な知識量の膨大さには正直涙が出た。それに加えて次々と行われる教員資格用演習も、特に第十三演習場を使っての三日間のサバイバルテストは、よくぞ無事で終了出来たと思える程過酷さ。アカデミー教師陣の能力が高いと評価されるのも頷ける。先輩教師の受け売りによると、それは三代目の組織改革と教育改革の成果らしい。
 アカデミーの存在意義は大きい。
 十二年前の九尾の災厄で、木の葉は基礎体力である人材が徹底的に不足した。
 災厄後の混乱期は兎も角、その後復興の兆しが見えると、木の葉では人材育成は最重要課題のひとつとなった。
 これまでは体術や術式の実践的な教育が主だったが、それに加え情操教育という名で里への帰属意識を植え付け、木の葉への忠誠心を徹底的に叩き込んだ。
 それは過去に木の葉が、一族を殲滅させ里抜けをした忍を出した事にも関係する。血継限界保有の一族ということも相まり、その人的被害は計り知れなかった。抜け忍はどの里にとっても最大の悩みだが、それ以上に残された家族や一族にとっても苦しみがついてまわる。それまでと同じ生活も望むべくもない。それらを踏まえた上での情操教育だ。
 ナルトをアカデミーに入学させる事で一応の解決をみたのは、いざとなるとナルトをどう処遇すべきか意見の集約が見られなかったのと、この情操教育への期待が半々だったからだという。


 飲み物をと伸ばした手が、机の上にいい加減に積み上げていた資料を突き崩した。
 バサバサと舞う紙と転がる巻き物が、イルカの気持ちを代弁するかのようにあちらこちらに乱れ飛ぶ。
「ったく」
悪態をついたイルカの目の前に、再び「うずまきナルト」と書かれた資料が散らばった。御丁寧に「極秘」資料扱いなのが泣ける。だが本当の秘密は何一つ記されていない。
 何故ナルトが封印の器として選ばれたのか。そして、本当に九尾が封印されてるのか。
 どんなに資料を深読みしようが全てが謎。
 ついでに自分がアカデミーに配属される理由も謎だとイルカは思った。


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